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M-AISの設立と取り組み MUFGのビッグデータとAIを活用するために

(左から Japan Digital Design 株式会社 井本、平山)

M-AISの設立と取り組み
MUFGのビッグデータとAIを活用するために

2018年4月、MUFGの子会社であるJapan Digital Design 株式会社(以下、JDD)に、MUFG内のデータ活用を推進するための専門家集団「M-AIS(MUFG-AI Studio)」が設立された。日々進歩するAI分野を研究し、MUFGのデータを活用して独自のモデル(AIを活用したシステムの頭脳)の開発から実用化までをより加速度的に進めていくことを目的としている。
今回は、M-AISメンバーである平山元清氏と井本稔也氏の2名に話を聞いた。両名のこれまでの経歴や現在M-AISで取り組んでいる業務のほか、MUFGの強み、今後の展望なども語ってもらった。

ディープラーニング・ビッグデータブームを機にデータ分析の世界へ

(JDD 平山 元清)
(JDD 平山 元清)

Q.お二人のご経歴と、現在のお仕事について教えてください。

平山氏
新卒で気象情報会社に入社し、WEB用アプリケーションの開発や、小売業向けの気象データの分析などを担当しました。そこでデータ分析に興味を持ったことから、データ分析が主体の企業に転職。そこでは、金融機関向けの格付けモデルや、信用リスクのモデルなどといったデータの分析に本格的に携わりました。
その後、ワーキングホリデー制度を使ってニュージーランドに滞在し、住宅ローンのモデルのパフォーマンステストを行う仕事などを経験しました。日本の金融機関ではデータ分析を外部に委託する場合が多いのですが、ニュージーランドでは自分たちでデータ分析まで行っているのが印象的でしたね。
帰国後もデータ分析の仕事に没頭していた頃、世界ではビッグデータ(※1)のブームが巻き起こり、無料ツールを使ったデータ分析や機械学習が広がっていきました。この状況を見て、データ分析の仕事を続けるにはデータがたくさんある所に行ったほうがよい、と思うようになり、そんな時にちょうどMUFGが求人を出しているという情報を得て、2015年10月に入行しました。その後、ビッグデータやAIの活用を推進する中で、JDDにAIを研究する部署を作ろうという話が持ち上がり、立ち上げに参加することとなりました。

※1…さまざまな種類や形式のデータを含む巨大なデータ群のこと。一般的には、Volume(量)、Variety(多様性)、Velocity(処理速度)の「3つのV」を高いレベルで備えていることが特徴とされている。

井本氏
私は理系の大学院を卒業後、証券会社でデリバティブ(金融派生)商品のクオンツアナリスト(※2)をしていました。しばらくイギリスに駐在していた時期があったのですが、帰国したら大きなディープラーニング(※3)・ブームが巻き起こっていました。新しいものが好きなので、自分のデータに関する素養や数理的な知識を活かし市場のデータ分析担当者として関わりました。
次第に金融データの可能性を強く感じるようになり、クオンツアナリストからデータサイエンティストにキャリアチェンジしたいと考え、2019年6月にMUFGに入行。私の場合は、入行した翌月から早速JDDへ出向し、現在は市場部門向けのデータ分析案件を担当しています。

※2…デリバティブの適正な価格・リスクを算出するため、株価や金利、為替などのデータ分析・モデル構築を行う職種。
※3…機械学習手法の一つで、神経細胞の働きを模したニューラルネットを多層に積み重ねて、複雑なデータの特徴を掴みタスクの処理を可能にする技術。深層学習とも呼ばれる。

グループ内でデータ分析を行う体制を作るべくM-AISの設立へ

(JDD 井本 稔也)
(JDD 井本 稔也)

Q.M-AISはどのような経緯で設立されたのでしょうか。

平山氏
2016年頃にディープラーニング・ブームが巻き起こり、現・MUFG社長の亀澤が、「AIを研究する組織が必要だ」との意向を示しました。ディープラーニングとは何なのかを理解して、銀行業務のどこに・どのように使えるのかを考えられる人が行内にいるべきとの考えだったのだと思います。
私が転職してきた頃のMUFGでは、データ分析は外部業者に委託していたため、社内でデータ分析を行える環境が整っていませんでした。そんな中、データ分析の技術を持ち、課題解決に活かせる人たちをある程度組織化したいという上層部と現場の課題意識が合致し、M-AISという組織を作ることになりました。
しかし、当時データサイエンティストという人材は貴重でした。またその頃のMUFGの制度下ではデータサイエンティストを銀行員として採用しても存分に活躍してもらえる環境や処遇を提供することが難しいという話が上がったため、MUFGの子会社であるJDDの中にM-AISを新設し、そこでデータサイエンティストを採用していくことになりました。
M-AISを立ち上げた当初は、技術の研究に取り組む毎日でした。さまざまな論文を読んで勉強することを活発に行い、それを経て最初に取り組んだサービスが「Biz LENDING(ビズレンディング)」です。

Q.M-AISの取り組みについて教えてください。

①Biz LENDINGについて

平山氏
Biz LENDINGの取り組みを始めた当時、世間ではオンライン融資が流行していました。従来、企業が融資を受けるには、決算書の提出などさまざまな準備が必要でした。しかし、銀行が持っている膨大なデータを活用してAIで審査できるようになれば、借り手から申し込みがあったらすぐにAIで融資判断を行うことができるようになります。技術を駆使して、お客様の負担を減らしながらスピードアップもできる、という付加価値を提供することがこの取組の目的でした。
しかしオンラインですべてが完結すると、メリットも多くありますが、人がしっかりと審査するのと比べて予測が難しいという問題があります。また、従来よりも簡単に借り入れ手続きができるようにして顧客層を広げることが目的でしたが、新たな顧客層のAIモデルを構築するには学習データが十分とは言えない状態でした。モデルをより良くするには、デフォルト(債務不履行)するケースとしないケースの違いをさまざまな角度から学習する必要があります。しかし、デフォルトが多いということはビジネス的には損失が大きくなることになるため、どのようにしてモデルを良くしていくのかという点も課題でした。

②市場分析AIツールについて

井本氏
金融市場には「類似相場」という考え方があります。例えば「現在の株式市場の動きは5年前の株式市場と似ている」と判断した場合に、「5年前はその後このように変化したため、今後の市場はこんな風に変化する可能性がある」と予測する分析法です。我々が提供している「類似相場検索ツール」では、JDDとMUFGで共同考案したロジックに基づいて、市場を数値化して、過去の相場の類似度合いをランキング化できます。
私はJDDに入ってすぐこの案件に加わることになり、銀行のメンバーとミーティングしていく中で生まれたアイデアの一つがこのツールです。最初に私がプロトタイプを作成し、1〜2週間おきに改善したものを提出していくという流れで進めていました。そして本番開発のGOサインが出た段階で、弊社のエンジニアやデザイン人材にも加わってもらい、上流のUI設計見直しから、運用に耐えうる完成度の高いツール開発、新規機能開発まで行ってもらい、ツールを進化させていきました。
最近では、「類似相場検索ツール」の機能の一部に、昨今話題のChatGPTのような大規模言語モデルを組み合わせています。弊社では、ChatGPTではなく自分たちでカスタマイズがしやすいオープンソースのモデルを使うことで、類似相場のランキングだけではなく、その当時の政治や経済のイベントなどの情報もツールに反映できるようにしました。

Q.社外との関わりもあるのでしょうか。

平山氏
学会などには参加するようにしています。AI分野は技術の進展が早いため、学会やカンファレンスなどのアカデミックな活動から得た新しい知見をすぐに企業でも活かしています。例えば、データサイエンス分野におけるトップ会議であるKDD(※4)やNeur IPS(※5)、金融分野に特化しているICAIF(※6)という学会などに参加しています。

井本氏
学会にはさまざまな企業が参加します。そのため新しい技術を学ぶほかにも、企業の方に実際にお会いして、AIをどのように業務に適用されているのかを伺ったり、他社動向を知ったりすることもできます。
また、学会に参加することで論文の発表内容を知るだけでなく、その論文が完成するまでにどのような試行錯誤があったのか、開発の裏で実はこんなことがあったなどと、より詳しいお話を伺うことができ、その点も現地開催される学会に参加するメリットだと思います。

平山氏
MUFGは、テクノロジーの分野ではまだまだ先を行く企業を追いかけていかなければならない立場です。KDDで発表していたある金融機関では、「AIリサーチ」という組織の中に研究者が100人も在籍しているそうです。我々は論文などで実証済みの技術を勉強して、自分たちの課題に当てはめていくパターンが多いのですが、その企業の研究者の方々は、企業の課題を解決するにあたって必要となる技術の研究開発にも取り組んでいます。取り組む内容の深さや広さが全く異なることを実感しました。
KDDで聞いた言葉に「人はスケールしないが、AIはスケールする」というものがあります。人の処理能力には限界がありますが、AIの処理能力は技術の発展とともにどんどん大きくなっていく、ということです。実務では、課題のポイントを絞って、その課題をAIでどう解決していくのか、という考え方をしがちです。しかし、AIの発展を見込んで中長期的な目標を決めて、その目標を達成するためのマイルストーンを設定していくという考え方も必要なのかなと感じました。

※4…Knowledge Discovery and Data Mining
※5…Neural Information Processing Systems:AI分野で最も有名な国際会議
※6… International Conference on AI in Finance:Association for Computing Machinery の金融における人工知能に関する国際会議

常に新しい技術を追い求める姿勢を大切に

(左から JDD 井本、平山)
(左から JDD 井本、平山)

Q.お二人が考えるMUFGの強み/弱みを教えてください。

平山氏
専門家として、そしてマネジメント層として優秀な人が多いなと思います。また、ワークライフバランスが取れているなと感じます。
データサイエンティストは、モデルを作り、その精度をどんどん高めていく仕事です。取り扱えるデータの規模が大きければ大きいほどにモデルの精度が高まるため、自分の仕事の成果を社会的に大きく出したいと思うのであれば、取り扱えるデータの規模が大きいという点もMUFGの強みの一つだといえます。また、使える予算の規模も大きいため、分析環境などをきちんと整備できる点も魅力です。
弱みは、意思決定に必要な情報を集めたり、多くのステークホルダーに納得してもらったりすることに時間がかかるところです。他の会社で経験を積んできた人から見ると、スピード感が足りないと思う人もいるかもしれません。

井本氏
MUFGの強みは、国内最多規模の口座数をベースとしたビッグデータを活用してインパクトの大きい仕事ができる点です。また、やると決めたら一丸となって取り組む姿勢も強みだと感じています。
JDDとしては、データサイエンティストが不満なく、不都合を感じずにデータにアクセスして分析できる環境が整っているところも魅力だと思います。例えば、外部の人がデータを外に持ち出して、自分たちの環境で分析するとなると相当ハードルが高くなりますが、JDDにはグループの中でデータを活用できる環境があるため、データサイエンティストが分析に集中して取り組めます。しかし、膨大なビッグデータがありながら、手が足らないためにその一部しか活用できていないことは、今後の課題だと感じています。
弱みとしては、有事の際に社会への影響が大きくなるため、案件を進める上で行内の手続や規則が厳しく、良くも悪くも管理体制が強化されていると感じる点です。しかし、それぞれの役割の方が自分の強みを活かして物事を進めようと協力してくれる姿勢が見られるのは良い所だと思います。

Q.今後の展望について教えてください。

平山氏
私はマネジメントとして、M-AISのメンバーがいかに楽しく働くことができ、かつ質の高いアウトプットが出せる環境を作れるかということを課題にしています。金融サービスの向上や、より経済効果の高いアウトプットに貢献していければと思いますし、その結果MUFGの存在感が増していくと良いなと思っています。
また、常に新しい技術にチャレンジし続ける組織でありたいと思っています。

井本氏
私は資金証券部案件のリードデータサイエンティストなので、しっかりと銀行に価値を提供し続けながら、データ分析の側面から会社へ貢献していく、というのがミッションです。
個人的な展望としては、今後しばらく続くであろうLLM(※7)の業務適用を担っていきたいです。市場部門に限らず、銀行内やグループ全体で活用できる技術なので、弊社のような技術を突き詰めている会社が果たすべき役割なのではないかと思っています。

※7…大規模言語モデル(LLM:Large Language Models)大量のデータとディープラーニング技術によって構築された自然言語処理モデルのこと。

Profile

※所属・肩書は取材当時のものです。

Japan Digital Design 株式会社 M-AIS VP of Data Science 平山 元清

Japan Digital Design 株式会社 M-AIS VP of Data Science

平山 元清

気象情報会社、金融機関向けモデルベンダーを経て2015年に三菱UFJ銀行入行後、ビッグデータおよびAI活用施策を推進。M-AIS設立に伴い、JDDへ出向。金融業務の課題解決に向け各種AI技術の研究開発から実装までを担うデータサイエンティストチームのマネジメントを担当。

Japan Digital Design 株式会社 M-AIS 井本 稔也

Japan Digital Design 株式会社 M-AIS

井本 稔也

国内証券会社(デリバティブクオンツ)を経て2019年に三菱UFJ銀行へ入行後、JDDに出向。M-AISに所属し、機械学習によるデータ分析を用いて顧客の課題解決に尽力。名古屋大学理学研究科博士課程卒。

準本(pub-1)